第七話 無人駅で

故郷へと 国道は帰省の人々に溢れる

世間は お盆休み一色の ある年の夏に

車の使えない(車道が無い) 釣り場探索にと

JR飯田線の車両へ 車を捨てて乗り込む

車内には 天竜川上流域へと向かう鮎師達で

賑わい 菅笠に地下足袋スタイルの出で立ち

に 年配の一人が目を止め 話し掛けて来る。

そこは釣師同士 すぐに話も盛り上がり 話題は尽きる事も無く 地元ならではの情報の数々に

楽しい時をを過ごして居ると 列車は目的地のホームへと滑り込む お互いの幸運を祈り下車となる

無人駅のホームへと相棒と立ち 飯田線がその先のトンネルへと吸い込まれて行くのを見送って

   「さ ハイキングだ ハイキング。」
 

天竜川本流沿いの歩道を 二人で与太話に盛り上がり (内容は とてもここでは書けません。)

大受けの話題連発に アプローチの労苦も時間も 今日は少しも気に成らない。

しばらく歩を進めると 一軒の民家が現れる

日に数本程の 列車以外に交通手段の

無い この地で いったいどんな人が

どんな生活をしているのか その営みの

苦労が窺がえて来る。

挨拶をと 戸口にて呼びかけると 奥より現れた

品の良さそうな年配の婦人に目的を告げ 渓へのアプローチルートの教えを請う。 後に知る事と

成るのだが このアドバイスが無ければ 下降点の確保に手間取り 難渋が避けれなかった事を

今更ながらに思い出すと 感謝の気持ちが新たに湧く。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

飯田線がほんの僅か地上へと顔を出す横を 立ち木を頼りに渓へと下る 斜面は急だがザイルまでは
いらないようだ しかしフエルト底の地下足袋は こんな時にはよく滑る。 神経を集中し支流の出会い
へと出る 白くただ広い川原へ水位を落とし痩せた渓は あっちこっちと分離と蛇行を繰り返し本流へと
落ちる。 流れへと立つとチャラ瀬を走るかなりの魚影を見て取れる それもかなり大型の魚体である。
相棒と上下に別れ釣り始める 今回はダイワの
二間半に ライン0.8 ハリス0.6 ハリは半スレ
ヒネリ8号の仕掛けで攻めてみる。
エサのミミズを振り込むと 我先にと群がる魚
抜き上げたヤツは あまり馴染の無い姿だ?
(ダム湖育ちのハスではないかと思われる。)
落胆は隠しようも無いがが こんな事もあるさ
と諦め 幾つかの同じ魚を釣り上げては放す。

膝ほどの流れにて それまでと違うかすかな
当たりに 軽く合わせを呉れると 突然下流へ
走り出す この引きはと慌てて下る魚へと
ついて走る。
流れへと立ち込み 寄って来た魚を右足で
岸へと蹴り上げ急ぎ駆け寄ると 岸辺の石上で跳ねる魚は尺チョットと小ぶりではあるが 紛れもない
サツキ鱒(ノボリ)  これはこれは思いもかけない魚が  相棒へ知らせてやろうと 下流へ向け 
歩きながら竿を振る 足首程の水深の瀬にて竿を絞め込むと 又も一気に下流に向け走るサツキ・・・。

本流出会い近辺で探る相棒に 身振り手振りで知らせると 両手でマルの合図が帰って来た どうやら
ヤツもこの魚を確認しているようだ そのまま降り続けて行くと分離した細流の小ポイントが視界の隅に
何故か気になり戻り 仕掛けを振り込むと一発で来た 一気に足元へと抜きあげた魚を見ると なんとも
目鼻立ちのハッキリとした美人だ。 (大井川水系などでよく見られる 姿形のハッキリとしたアマゴ)
下流部にて計5本の尺上を手にし その後期待を胸に上流域へと二人で向かうが 間も無く現れる
5mほどの滝上から 嘘のように魚信が無く 早々に見切りを付けての下山とする。

谷水に浸け冷して置いた 缶ビールを一息に飲み干し 人気の無い川原で昼寝と決め込むと  
 微かに感じる 飯田線の動きに 浅い眠りから覚める。
 
   「さ ハイキングだ ハイキング。」

                                               OOZEKI